2勝8敗も「二刀流」で3本塁打*1
アル・グルンワルド(Al Grunwald , 1930年2月13日 - 2011年1月18日)
再現年度…1962年(2勝8敗 防御率4.50 打率.211 3本塁打 8打点)
・Wikipediaのページがなく経歴の詳しいところはよく分からんのでざっくりと調べた情報をそれっぽく書いてます。
・1947年に17歳でフロリダのD級リーグ、ルイスバーグに入団し、マイナーリーグやメキシカンリーグでプレー。
・1955年にピッツバーグ・パイレーツでメジャー初昇格を果たすもわずか3試合の出場にとどまる。
・1959年に再びメジャー昇格を果たすも6試合の出場に終わった。
・メジャーでは投手として出場しているが、マイナーでは一塁手や外野手としての出場も多く、1953年にはAAで18本塁打を放った。
・1962年に左腕不足だった大洋へ入団。三原脩監督の下投手としての起用をされていたが、打撃力を買われシーズン途中から代打としてや野手としてスタメン出場もするようになった。しかし年俸に見合う成績とは言えず、1年で退団となった。
・大洋退団後の情報がないため同年限りで引退したと思われる。
・引退後はカリフォルニア州の新聞社で25年間働き、61歳で退職。社会保障と年金で暮らし、ロサンゼルス郊外で夫人と悠々自適の生活を送っていたが、80歳で亡くなった。
査定
球速
「特筆するべきほどのスピードはみられない」「直球にもスピードがない」という記述が見られた。
何となく肩をB以上にしたくなかったので143km/hに。
コントロール、四球、乱調
与四球率5.40。
ただしコントロールに自信があるという記述もあったので乱調をつけて基礎能力を少し上げた。
スタミナ、回またぎ○
完投が2回あるが、先発時の平均投球回は4.2回。
色々考慮してこのくらいに。
ちなみに中継ぎとしては最長6回を投げており、中継ぎとしての15登板のうち11登板で1イニング以上を投げている。
変化球
持ち球はカーブ、チェンジアップ、ナックルの3球種で、ほとんどカーブとチェンジアップ。
カーブについての話では「投げるとき手首が変な曲がり方をする」と言われていたためドロップに。
対左打者B
被本塁打全て右打者から。
力配分
本塁打を許した7人のうち6人がシーズンで放った本塁打が1桁の打者。
力配分の青特部分として、ONコンビを15打数1安打と抑え込んだという記録もある。
対左投手F
本塁打全て右投手から。
分かる範囲では左からろくに打てていない。
一言
一度ドロップカーブで作成してしまい再作成という地獄を見ました(自業自得)。
二刀流になっている分☆が高く見えますが、それぞれの能力は大したことないです。
おまけ
今回からこんなことをやり始めました。
需要はなさそうですが調べようと思ったらそこそこ時間かかると思いますし一応載せておきます。
(所々合ってるか不安なところあるけど)