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堀内庄【パワプロ2018】

 

投手コーチとしてヤクルト初の日本一にも貢献した好投手


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堀内 庄(ほりうち しょう、1935年10月5日 - 2010年10月27日)

再現年度…1956年(14勝4敗 防御率1.46)

 

松商学園では投手として甲子園に3回出場したが、いずれも初戦で敗退した。

・卒業後の1954年に読売ジャイアンツへ入団。1956年に14勝4敗で勝率.857をマークして最高勝率のタイトル獲得。翌年も12勝を挙げる。

・1958年も14勝と3年連続二桁勝利を記録。西鉄との三度目の日本シリーズでは2回戦に先発し、完投でシリーズ初勝利。

・1959年もチームのリーグ4連覇に貢献、1960年は故障もあって低迷するが、翌1961年には復活。1963年限りで引退した。

 

・引退後は巨人に残り1964年から1965年まで二軍投手コーチを務めた。投手陣整備の為に監督の広岡達朗から招聘され、1977年からはヤクルトスワローズ一軍投手コーチに就任。1978年のリーグ優勝・日本一に貢献し、1979年は二軍投手コーチ、1980年から1982年再び一軍投手コーチを務めた。

 

・2010年10月27日午前5時、大腸がんにより東京都内の病院で死去。満75歳没。

 

査定

球速

どっかで見つけたんだと思う。

変化球

"懸河のドロップ"の使い手だったとか。

調べたところ、チェンジアップは1956年にはそんなに投げてない可能性も出てきてたが防御率的に変化量上げた。

 

一言

巨人の堀内だと恒夫の方がめちゃくちゃ出てくるので情報が少ない、最高勝率取ってるのに、なんでや。

1978ヤクルトの投手コーチとして作ったので査定はそこそこ適当だった気もする。